卒業研究要旨(2025年度)

トキワ荘がもたらしたクリエイティビティ

2025年度卒業研究 空間デザイン研究室 大津日向子

1.研究背景?目的

 かつて東京都豊島区に存在した「トキワ荘」は、手塚治虫をはじめ日本を代表する漫画家を多く輩出した伝説的な集住空間である。

 本研究は、トキワ荘が居住者に提供したメリットを誘発した建築?空間的要因を解明し、その結果と現代のクリエイター向けシェアハウスの現状を比較分析して、成長過程のクリエイターを支える住環境に求められる普遍的要素を提示することを目的とする。

2.研究方法

 トキワ荘への居住が理由で創作活動に好影響がもたらされたエピソードを、関係者による自伝等の資料(表1)や当時居住者の水野英子氏への取材から収集する。各空間の構成や特徴を整理し、どのような空間的要因が創作活動への好影響を増幅させたかを分析、解明する。また、現代のクリエイター向けシェアハウス「アーティストビレッジ阿蘇096区」を比較対象として選定し、取材調査と空間分析により、現代に必要とされている空間的要素を導き出す。

3.研究結果①(トキワ荘の空間)

 トキワ荘から若手漫画家たちのクリエイティビティが発生?増幅した要因を、文献?取材調査によって①共通の目標、②仕事機会への接続、③仲間意識と支え合い、④家族的関係性による生活の安定、⑤遊びを通じた感性の育成、相互に影響し合う創作環境の6つに整理した(図1)。

 ①共通の目標を例に挙げると、居住者たちの尊敬する手塚治虫の訪問が急遽であったにも関わらず、全員がすぐに訪問に気づき、思いがけない会合で手塚治虫に激励を貰った場面がある。これは訪問者に気づきやすい窓とアプローチの位置関係や、呼びかけの声が各部屋の届きやすい廊下の配置が要因であると分析できる。

 このように、漫画家たちのクリエイティビティを促進させたエピソードの空間的特徴を探ると、いずれもその空間的特徴がクリエイティビティを増幅させた要因として機能していたことがわかる。トキワ荘において若手漫画家たちのクリエイティビティが発生?増幅した背景には、人的要因だけでなく、それらを下支えする建築?空間的要因が重要であることが明らかになった。トキワ荘はクリエイター向けの特別な設計が施された建物ではなかったが、日常的な接触や偶発的な交流が生じやすい空間構成が、創作活動に好影響をもたらしていたといえる。

4.研究結果②(現代への変容)

 「アーティストビレッジ阿蘇096区」を調査?取材し比較すると、現代にも多くの空間要素は継承されつつ、プライバシーの確保が可能になっていることや、創作場所を選択できることなど、時代背景に合わせた空間の在り方に変容していることがわかった。

5.結論

 トキワ荘にはクリエイティビティを生む6つの要因とそれを増幅させる空間条件が整っており、これらは現代にも変容して継承されていることが明らかになった。

<表1>参考資料タイトル?著者/出版社(タイトル50音順)
愛…しりそめし頃に… (藤子不二雄? )、 芸術新潮2020年11月号(新潮社)、 章説 トキワ荘の青春(石ノ森章太郎 )、 シェー?の自叙伝(赤塚不二夫 )、 伝説トキワ荘の真実(長谷邦夫 )、 トキワ荘実録(丸山昭 )、 トキワ荘青春日記+プラ ス+まんが道(藤子不二雄? )、 トキワ荘日記(水野英子)、 トキワ荘の時代 (梶井純)、 トキワ荘のヒーローたち~マンガにかけた青春~(豊島区立郷土資料館)、 トキワ荘マンガミュージアム 物語のはじまり(平凡社)、 二人で少年漫画ばかり描いてきた(藤子不二雄? 、藤子?F?不二雄)、 まんが トキワ荘物語(手塚治虫ほか)、 まんが道(藤子不二雄? )、 U?マイアって誰? (水野英子)

<図1>トキワ荘で起きたエピソード内の空間分析結果
①共通の目標
エピソード:共通の憧れである手塚の訪問に、各部屋の漫画家たちがすぐに1部屋に会合して激励を貰い、目標への団結力が高まった
空間的要因:窓からアプローチが見下ろせるので、一人目が急遽訪問にすぐ気づき、廊下で呼びかけると声が各部屋にすぐに伝わる
②仕事機会への接続
エピソード:編集者の出入りが多く、新しい仕事を貰う機会がある
空間的要因:共同玄関と室内廊下により、他部屋の訪問者に偶発的に出会いやすい
③仲間意識と精神的支え合い
エピソード:仲間のアシスタント作業をし、新しい技術を学ぶ?締め切り前に仲間に手伝ってもらう
空間的要因:室内廊下により靴を脱がずに他室を訪問でき、移動のハードルが低くなるので、相談や手助けが生まれやすい
④家族的関係性による生活の安定
エピソード:若手漫画家たちの母や姉が上京すると、食事を自分の家族分だけでなく多めに用意してくれ、複数人で食卓を囲んだ
空間的要因:共同炊事場は複数人が同時に使えるほどの広さで一気に大人数分の調理ができ、室内廊下が集まりやすさを促進させた
⑤遊びを通じた感性の育成
エピソード:8ミリカメラやステレオなど新しいものを取り入れ、創作の糧にする
空間的要因:広いアプローチ空間でカメラを使用していると皆が通り、撮影会が始まる?壁や窓越しにステレオの音が伝わる
⑥相互に影響し合う創作環境
エピソード:使いやすい画材が見つかると仲間内で共有され、トキワ荘外の漫画家にも伝わる
空間的要因:偶発的に出会いやすい廊下や共同炊事場では雑談が生まれやすい?編集者の出入りの多さにより外部とのつながりも強い



2003-2026, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status:2026-03-11更新