卒業研究要旨(2025年度)

住民の語りから見る地域コミュニティの変化 ?茨城県八千代町塩本地区を事例として?

2025年度卒業研究 空間デザイン研究室 安田千花

1.研究の目的

 茨城県八千代町塩本地区を事例として、農村地域コミュニティの変化が、どのような要因の重なりと過程によって生じてきたのかを、住民の語りや記憶を手がかりに明らかにすることを目的とする。人口減少や高齢化、制度の変化といった統計的指標では捉えきれない、日常的な関わりや感覚的な距離の変化に着目し、地域関係の構造的な変容を描き出すことを目指した。

2.研究の方法

 調査対象地は茨城県八千代町塩本地区である。2025年 8 月から 11 月にかけて、長期間居住してきた住民20 名を対象に半構造化インタビューを実施した。調査では地図を用い、住民認識圏、情報共有圏、相互支援圏、地域帰属圏(表1)として認識する範囲を地図上に示してもらい、その後、過去の生活や行事、近隣関係について自由に語ってもらった。

3.個人の圏域の変化と要因

 個人の一例としてD氏の圏域変化図を示す(図1)。過去には4つの圏域が重なり合う多層的構造を示していたが、現在では住民認識圏を除く各圏域が縮小し、相互支援圏は点的配置へと極小化している。

 全体の圏域変化の傾向として、過去には住民認識圏?情報共有圏?地域帰属圏が広く重なり、その中心に相互支援圏が位置する多層的構造が確認された。

 現在は住民認識圏は比較的維持される一方、情報共有圏および相互支援圏は縮小し、支援関係は家族?親族や組合関係など特定のつながりに集中する傾向が示された。各圏域の縮小には日常的接触機会や共有空間の減少、車社会化やデジタル化が影響している一方、相互支援圏および地域帰属圏は、親族関係や組合活動、過去の共同経験といった役割や記憶によって比較的維持されている(表2)。

4.地域コミュニティの構造的変容

 塩本地区の地域コミュニティは、かつて「顔を合わせること」を関係成立の起点とし、日常的な接触が出来事の共有や助け合いへと連続する構造を有していた。

 住民の語りから、近隣や組合の枠を越えて情報と関与が循環する関係の広がりが確認される。しかし現在では、車社会化や行事?共同作業の縮小を背景に、関係は組合や家族?親族、長年の知人といった「内側」のつながりを媒介として選別的に維持される構造へと転換している。一方、団地や転入世代、若年層は「外側」として位置づけられる傾向が見られ、情報は地区全体に共有されつつも、実際の支援や関与は限定的な関係の中に点在する非対称的構造が形成されている。

 以上より、塩本地区のコミュニティは単なる希薄化ではなく、関係の範囲と機能が選別的に再編成される過程にあると位置づけられる。

(表1)4つの圏域
①住民認識圏:顔や家が識別できる顔見知
②情報共有圏:地域内の出来事や情報が自然と共有される範囲
③相互支援圏:支援や物のやり取りが行われる関係の範囲
④地域帰属圏:「自分の地域」と認識される心理的な範囲

(表2)各圏域の縮小?維持要因
①住民認識圏
縮小(消失)要因:
?団地を中心に町内会へ協力しない世帯が増え、住民把握が困難化した
?制度?業務のデジタル化により、全世帯を訪問する機会が失われた
?車社会化と在宅時間の減少により、日常的に顔を合わせる機会が減少した
?山川沼やお茶飲みの消失により、漁や雑談を通じた日常的接触が減少し、住民認識の更新が行われにくくなった
維持要因:
?お神輿行事や組合活動など、特定の行事?役割の場面において、家と住民の認識が更新されている
?配達や配布などの仕事を通じた訪問関係が、一部の住民間で住民把握を補完している
②情報共有圏
縮小(消失)要因:
?山川沼の消失により、住民が自然に顔を合わせる共有空間が失われ、日常的な情報交換の機会が減少した
?お茶飲みといった地域の慣習の衰退により、私的な集まりを通じた対面的な情報共有の回路が弱まった
?車社会化により、偶発的な出会いや立ち話が減少した
?行動範囲の限定化により、情報が特定の生活圏内で滞留しやすくなった
維持要因:
?葛飾坂東観音霊場の当番制や組合行事など、定期的な集まりが主要な情報源として機能している
?電話や新聞、親戚?知人を介した間接的な情報共有が補完的に維持されている
③相互支援圏
縮小(消失)要因:
?農業の機械化により、労働力を提供し合うイッパカの慣習が失われた
?冠婚葬祭や育児?介護などの外部サービスの普及により、地域内で支援を完結させる必要性が低下した
?通勤?兼業化により、日中に地域内に滞在する住民が減少した
?お茶飲みの消失により、日常的な立ち寄りや見回りの機会が減少し、困りごとや異変に気づく回路が弱まった
維持要因:
?親族や長年の近隣関係に基づくお裾分けや助け合いが一部の関係において継続している
?葬儀の手伝いといった限定的な場面において、イッパカの精神が支援行動として残存している
④地域帰属圏
縮小(消失)要因:
?知らない住民の増加により、帰属意識が自宅周辺へと局所化している
?地区内での生活動線の固定化により、心理的な地域範囲が狭まっている
?イッパカの衰退や行事の縮小により、共同経験が減り、地域全体の一体感が再確認されにくくなった
?義理の関係の廃止により、葬送儀礼を通じた関係形成が弱体化している
維持要因:
?過去に受けた支援や住民の関与に関する記憶が帰属意識を支えている
?葛飾坂東観音霊場の全戸当番制や組合行事など、地区全体および近隣が関与する行事が地域への帰属意識を再確認する契機となっている

(図1)D氏の圏域変化
過去:4つの圏域が階層的に重なり合う多層的構造。情報共有圏の内側に地域帰属圏が存在。相互支援圏は面的配置。
現在:住民認識圏を除く各圏域が縮小し、情報共有圏と地域帰属圏が逆転。相互支援圏は点的配置へと極小化。



2003-2026, Space Design Laboratory, JISSEN Univ.
Status:2026-03-11更新