古典に触れよう①「鬼、男を食わんとするテク」
言葉と声はまず一致する。「腹へった~、メシくいてェ~」とくれば男子高校生の顔を想像するけど、女子高生の言葉とは、普通思わない。言葉は声の持ち主と一体なのに、次の話はそれが乖離したことで増幅する恐怖体験である。
男はビビッていた。鬼が出る橋を一人渡らねばならない。時は夕暮れ、人里遠く行き来の途絶えた橋の上。と、誰かいる! 鬼かと思ったが人だ。近づくと絶世の美女、ウソ!? しかも肌が透けて見えそうなシースルー。女はたおやかに「助けて」と。男気を出して伴おうとしたけれど、わずかな理性が働く。こんな恐ろしい所に女が一人いるはずがない‥。
で、走り去るその背に「なんて冷たい人」と女の言葉が飛ぶ。総身に鳥肌が立った。女言葉なのに声は大地を震わすほど野太い!「なんて冷たい人」。
女が本性としての鬼にスイッチする一刹那を、見事に切断して読者に提示したこの場面、数ある古典作品の中でもこうした秀逸な技法はめったにあるものではない。
『今昔物語集』巻二七にある一話。巻二七はこうした霊鬼怨霊の話を満載する。