塚原 肇先生(※2023年3月退職)
モノを見る目と
デザインマインドを養い、
社会に求められる人材を育成
塚原 肇
Tadashi TSUKAHARA
生活環境学科
専門分野?専攻 プロダクトプロダクトデザイン、ユニバーサルデザイン
Tadashi TSUKAHARA
生活環境学科
専門分野?専攻 プロダクトプロダクトデザイン、ユニバーサルデザイン
[プロフィール]東京教育大学大学院(現筑波大学)?工業デザイン専修修士程終了。1978年~1983年までGKインダストリアルデザイン研究所計画本部勤務。1983年~2005年まで現GEヘルスケア?ジャパン株式会社勤務。2006年より現職。
デザイン一筋で培ってきた経験を、社会に還元。日本の消費者教育推進を目指す

東京教育大学大学院(現筑波大学)で本格的にデザインを学んだ後、プロダクトデザイナーとして歩んできました。前身のGEヘルスケア?ジャパン(以下、GEHC)では、医療機器のプロダクトデザインを担当。「超音波診断装置」のデザインが評価され、機械工業デザイン賞通産大臣賞と全国発明表彰特許庁長官賞を受賞しました。常陸宮殿下も出席される授賞式に妻と招かれたのは良い思い出です。
その後も世界中のデザインの拠点を統括するGEHCのグローバル?デザイン室で現場の最前線に身を置いてきましたが、アジアの統括拠点が日本から中国に移ることとなったのを機に、そろそろこれまでの経験を社会に還元する時が来たのではないかと思うようになりました。また、日本の消費者教育の遅れを何とかせねばという思いもありました。世界のデザイン大国では常に新しいデザインが生み出されており、それを選ぶ消費者の目も肥えています。情操教育も進んでいるので、消費者一人ひとりが「良いものは良い」と自分の意見をはっきりと言える力も持っています。その点、日本の消費者は自分の目で見て判断する力に乏しく、デザインの世界の競争は激しくありません。日本をデザイン大国にするには、賢い目を持った消費者を育てる教育が必要だと考えました。
そこで、思い切ってGEHCを退職。ちょうど実践女子大学が生活環境学科にプロダクト?インテリア分野を立ち上げるタイミングと重なったこともあり、縁あってこちらで教壇に立つことになりました。もともと東京教育大学大学院(現筑波大学)出身ですし、教えることが好きでしたので、ごく自然な流れだったと言えます。
「失敗しないデザイン方法論」「産学連携プロジェクト」「3Dプリンター」が研究の3本柱


現在の研究テーマのひとつが、「失敗しないデザイン方法論(6sigma for Design)の研究」です。「6sigma(シックス?シグマ)」とは、1990年代後半、米国モトローラ社が日本のTQM(総合的品質管理)をベースに体系化した経営品質改善手法のことです。この手法のポイントは、統計分析手法を活用して「ばらつき」を抑えること。事業経営の中で起こるミスやエラーの発生率を「100万分の3.4に抑える」ことをスローガンにしています。当時、GEHCのグローバル?デザイン室で品質改善に取り組んでいた私は、この「6sigma」の手法をデザインに応用することで、海外拠点のデザインプロセスの足並みをそろえ、成果物の質を高められるのではないかと考えました。たとえばデザインを始めるとき、欧州なら造形から、米国ならスケッチから、日本なら市場調査から…とアプローチにばらつきがあり、ディスカッションの進行に支障をきたすといった問題があったからです。そこで、世界共通の方法論を導入すべく、従来の「6sigma」に独自のデザイン的要素を加えた「6sigma for Design」を提唱。デザインの失敗を減らし、最良のデザインに近付けることに成功しました。これを学生のモノ作りにも活用しようと考えたのがこの研究の始まりです。GEHCで活用していた「6sigma for Design」を学生にも扱いやすいよう簡略化し、ゼミの3年次でのノックダウン式の椅子の制作時や、4年次の卒業制作時に取り入れ、その効果を検証しています。

デザインを手掛けた商品の一例
また、「産学連携プロジェクトの研究」にも力を入れています。これは、早い段階から学生にコミュニケーションスキルを身につけさせるのが目的。毎年さまざまな企業や機関と連携し、共同研究や製品作りを行っています。たとえば、2018年にはウレタン発泡技術のリーディングカンパニーである株式会社イノアックコーポレーションからの依頼を受け、子どもがお風呂で遊べる知育玩具などスポンジの特性を生かした生活道具を開発しました。日本相撲協会とともに手掛けた相撲グッズの開発においては、2019年に発売したリップクリームが好評を博し、2021年3月までに7,200個を売り上げる大ヒットを記録。同じデザインのハンドクリームもラインナップに加え、手ぬぐいや眼鏡拭きといった商品とともに現在も販売中です。中日本エクシス株式会社と連携?開発した「どうぶつおしりマシュマロ」は、さまざまなどうぶつのお尻のイラストが表面にプリントされたマシュマロで、イラストからパッケージまですべて学生たちがデザインしました。なお、これらの商品開発においても「6sigma for Design」を取り入れています。
さらに、これからのモノ作りに欠かせないツールである3Dプリンターを使ったモノ作りも学生たちに体験してもらっています。研究室には2台の3Dプリンターを配備し、椅子の縮小モックアップの作成や、卒業制作に活用しています。3Dプリンターを用いた卒業制作の例には、多面体を組み合わせて作った高齢者の認知症予防用の知育ゲームや、照明として普段使いできる非常用グッズセットなどがあります。どれも力作ぞろいです。
デザインマインドはすべての業界、職種に通用する強み

私のゼミの学生のほとんどは、入学時にはデザインの知識を持ちあわせていません。デザインを1からすべて教えるには4年という時間はあまりにも短いため、それをどう補うかが最大の課題です。学生には、私が所属する日本インダストリアルデザイン協会(以下、JIDA)編纂で、私自身も執筆者として加わった書籍を教科書として使用し、プロダクトデザインの基礎を学んでもらっています。この書籍はプロダクトデザイン検定の教科書でもあり、同検定資格の合格者も毎年多数輩出しています。また、JIDA主催の講習会に学生を参加させたり、学生の作品講評会にJIDAのメンバーを招いてプロの意見を求めたりするなど、デザインスキル習得を助ける取り組みも行っています。
とはいえ、当ゼミでの到達目標は一人前のデザイナーを育てることではありません。もちろん、卒業後にデザイナーとして活躍している卒業生もいますが、最大の目標はデザインマインドを養うこと。社会のさまざまな問題解決に役立つデザインマインドは、金融業界から建設、アパレルなどさまざまな業界、さらには接客、営業、財務、広報といったあらゆる職種で求められる資質です。デザインを学んでもつぶしが利かないと思う人もいるかもしれませんが実はその逆。多くの企業がデザインマインドを持った人材を求めています。

また、アイデアや意見を効果的にプレゼンするスキルの育成にも力を入れています。そこで重視しているのが、アイデアや考えのビジュアル化です。頭の中にある情報は文章化するのではなく、グラフや模式図などで見える化するよう指導しています。情報を正しく共有化するのに適しているのは、文章ではなく圧倒的にビジュアルです。
さらに、ゼミではディスカッションの機会を多く設けています。コロナ禍ではオンラインでディスカッションすることが増えていますが、画面を共有したり、場合によってはビデオをオフにしたりできるWeb会議システムの特徴は、意外にもディスカッションの活性化にうまく働いているようです。
そして、学生には自分の考えを正直に発信できようになるために何が必要か、じっくり考えることが大切だと教えています。実践女子大学は教員と学生の距離が非常に近く、優秀な助手さんたちも大勢います。この恵まれた環境を最大限活用しながら、自分自身のアイデンティティを表現する力、壁にぶち当たったときにブレイクスルーする力を身につけ、笑顔で道を切り開きながら社会に羽ばたいていってほしい、そう願っています。